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【宝永通宝】わずか1年間しか鋳造されなかった十文銭

投稿日:2018年11月16日 更新日:

宝永通宝は江戸時代に鋳造された穴銭の一種で。発行年は1708年(宝永5年)で、十文銭として運用されていました。

形は他の穴銭と同じく、円形の中央に正方形の穴があいています。

表面には寛永通宝と同じく「寶永通寶」と刻まれていますが、裏面が違いこちらには「永久世用」と打たれています。世と用の間、もしくは永と世の間に「珍」という刻印があるものもあります。

大きさは約37mmで重さが8.6~9.4g程度となっています。

また、宝永通宝には試鋳貨幣が存在し、左右に「寳永」・裏面に「万世通用」刻印された二字寳永と、上下に「永十」・裏面に「永大」が刻印された二字永十があります。

 

宝永通宝のおこり

江戸幕府ができた当初は金・銀・銅が沢山採れていましたが、年月が経つうちにそれ数は減っていきました。さらに日本でとれた金銀銅が外国との取引に使用されてしまっていたため、日本国内で深刻な貨幣不足がおきました。

それを解消するために、幕府はこの宝永通宝が作ることにしました。
それまでに流通していた銅銭は1文銭だったので、宝永通宝を十文銭にして流通貨幣とすることで、原材料のコストを下げようとしたのが狙いです。

しかしこの幕府の目論見は様々な点から失敗へと終わります。

元々流通していた寛永通宝は35gで、宝永通宝の重さはその2.5倍程度しかありません。それなのに価値を10倍としてしまったため、両替の際にとてもややこしいことになったのです。
当時は貨幣の価値を一定とする経済基盤がまだ完成していなかったため、貨幣を重量で取引する慣例がありました。にもかかわらず、寛永通宝と宝永通宝で額面と重量で違いが出てしまったため使いづらく、その生産はわずか1年で終わる事になりました。

 

宝永通宝の種類とその価値

宝永通宝は「寶」ののウ冠の違いで「深冠」と「浅冠」の二種類にわかれ、この両者を比べると基本的に「浅冠」の方が価値は高くなります。
カタログによると「深冠」は3000円~7000円、「浅冠」が18000円~30000円となっています。

ただ、「深冠」の中には「直永」と呼ばれるものがあり、これについては「浅冠」よりも価値が高くなります。「直永」ですが、永の文字の縦画が垂直になっている「深冠」で、カタログ価値は35000円~60000円と大変貴重な宝永通宝になります。

「深冠」と「浅冠」については、見極めるコツさえしっていれば見ればすぐ判別できますが、「直永」に関しては難しいので注意しなくてはいけません。

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